2012年2月1日水曜日

「感動を伝える」



先日、初めて歌舞伎を鑑賞してきました。歌舞伎といえば、長くて、理解できない言葉で、敷居が高いというステレオタイプを持っていたのですが、実際に劇場に行ってみるとそれが大きな誤解であることがわかります。華やかな衣装、楽しいアドリブ、美しい舞、どれも最高に素晴らしいもので、すっかり歌舞伎ファンになってしましました。また、一緒に鑑賞した友人も同じように感動していたようで「すごい」という一言だけでもお互いの感動を共有できたように思います。ただ、これを歌舞伎を見たことのない人にどう伝えたらいいのか、私にはわかりませんでした。一生懸命身振り手振りで表現してみてもやはり言葉にしなければ、相手の人間が認識することは難しいようです。やはりコミュニケーションにおける言語の役割は非常に大きなものだな、と実感しました。最近では、若い人の中にはなんでも「ヤバイ」という一言で表現する人がいますが、その意図が正しく相手に伝わるかは確証がありません。反対に、豊かな語彙で表現したとしても相手がその語彙を知らなければその意図もまた伝えることができません。互いに正しく相手の意図を理解するためには、より多くの語彙を共有する必要があります。そして、そこにこそ国語教育の意義があるのではないでしょうか。

DANNAmethod BUILdBOARD所属
国際基督教大学4年 渡邊 未奈

2012年1月18日水曜日

「大学って」




「大学って何だろう」という疑問を持つ人は多数いると思います。この疑問に対する答えは種々様々あり、人それぞれによってその答えは変わるものです。例えば、「自分の興味分野についてとことん学びたい」や、「人脈やコネを作りたい」、「サークルで思う存分活動したい」といったようなものが挙げられると思います。しかし一方で、大学にこのような目的を持たずに進学してくる人も多数います。つまり、「周りの人がみな大学に行くから」といった理由や、「社会一般的に大学に行くことが普通とされているから」といった理由などのように、「何となく」大学に進学した人が大多数であるということです。私もどちらかというと、「何となく」大学に進学した一人です。そんな私がさまざまな人と話をする中で、「大学とはこのような場ではないか」という一つの考えが浮かび上がってきました。それは、「大学は自己実現の場である」という考えです。日本の教育では、小・中・高の段階で自己実現のための教育がなされることはなかなかありません(このような教育には問題があると思う)。ではどこで自己実現を図ればよいのかと考えたときに、大学で自己実現を図ればよいのではないかと私は考えるに至ったのです。大学では、充分な時間といろいろな人と巡り合う機会、そしてある程度の自由があります。これらを存分に活用して、大学で自己実現を図ってみてはいかがでしょうか。

DANNAmethod Yadol所属
慶應義塾大学1年 今村 諒

2011年12月10日土曜日

「自分事として地域を考える」



みなさんは自分の住んでいる土地のことが好きですか?現代日本の社会問題の1つとして、ヒト・モノ・カネ・文化などあらゆるものの東京への一極集中化に伴った地方の過疎が挙げられます。みなさんはこの現状について、どう思いますか?ちなみに、私の出身地は大阪なので「自分の町が過疎で危ない!」というようなことを実感する機会はありません。都市からの過疎問題解決のアプローチには、行動力と大きな想像力がいるように感じます。荒く言ってしまえば、都市に住む人からすると過疎問題はどうせ他人事なんです。そう考えたときに、人が自分事として懸命に努力できる土地とはどういうものでしょうか?私は自分の家族、友達、お世話になっている方々のためなら、懸命に努力できる自信があります。しかし、今私が羅列したのはいずれも土地ではなく、コミュニティ(社会集団)です。元来、土地はコミュニティ形成に付随するものだと思いますが、SNSが拡大している今、土地を共有せずとも、世界各国様々な場所にいる、同一の目的や思い出を持った人とコミュニティを築くことができます。それでは、自分事として努めることのできる土地とはいったい何なのでしょうか?

DANNAmethod Relay of life stock所属
国際基督教大学3年 中辻 由紀

2011年11月23日水曜日

「遅れた転換期」

近年、ニュースを見ると明るい話題を見る事が少なくなり社会の雰囲気が重く、とても息苦しく感じられます。数年後には社会へと出ていく私ですが、自分の未来を想像するとそこには自らが掲げる理想像と共に必ず一抹の不安が付きまといます。もちろん、『不安がない時代などない』と言われるかもしれないですが、それはどの時代も同じなのでしょうか。今の日本は『頑張って働けば明るい未来が待っている』『自らチャレンジしてみよう』そう言ったある種、『信じられる社会』ではなくなっているのではないかと感じます。日本が先進国と言われ、そこまで伸し上がるまでの期間には未来を信じ、勤勉に働いてきた日本人が多くいた事は事実です。しかし、伸び代が限られて来てからも今までと全く同じ手法でしか国を作る事をしてこなかった日本には今大きな『ツケ』が回って来ています。次世代を担う私たちがこれから何を考え、行動するかに日本の未来が託されている以上、今の時代を担って来た方々にも『考えの転換期』が必要なのではないでしょうか。

DANNAmethod BUILdBOARD所属
東京都市大学2年 高田明音

2011年11月9日水曜日

「投票権」



ここ最近は就職氷河期の再来といわれるほど、大学生の就職率が低下し問題となっています。しかし、目立たないところで高校生の就職難もそれ以上に深刻な問題となっているようです。実際、高校生が大学に進学する割合はおおよそ55%程度ですので、就職する高校生は少数派ではありません。しかし、大学生が高校卒業程度枠で就職する例もあり、高校生には厳しい現状です。ところで、このように考えてみると世の中には働いている18歳と22歳の学生がいます。前者には選挙権がありませんが、後者には選挙権が与えられています。厳しい現状の中で一生懸命働いて社会貢献している若者にはない権利がモラトリアムを謳歌している学生に与えられているのは違和感があります。選挙権は社会を動かす一つの力です。確かに、何歳から選挙権を与えるべきかは難しい問題かもしれません。しかし、反対に高齢者は死ぬまで選挙権を持ち続けています。それは本当に当たり前のことなのでしょうか。高齢社会となった日本は、将来の日本をどうするか決める大事な選挙権をだれに与えるのか、もう一度考え直すべき時期なのかもしれません。

DANNAmethod BUILdBOARD所属
国際基督教大学4年 渡邊 未奈